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JAPANESE Nyack

  26, 2007 18:09
日本人はやっぱり勤勉だ。

異文化コミュニケーションの中で改めてそう感じた。

そういう社会でそういう教育を受けている。


ENGLISH ONLY


そう学校の壁には注意書きがあり、同じ国同士の友達でも英語で話しなさいと言われる。


先日、日本人の友達と3人で学校帰りにカフェに寄ったが、
そこでもあたしたちは英語で会話することを続けていた。

う…息抜きしたい…。



あのぅ………ちょっと…今は日本語でもいい?



と言いそうになるのをぐっとこらえる。
言ったら負けだ。
何が?
いや、負けなのだ。



たぶん、あたしがそう言えば

「ん・・まぁ・・」と許してくれたかもしれないが、

きっとその瞬間に



この子・・さぼったわ!!



と感じることだろう。

言葉にして思わなくても、そういう印象を無意識に持つのは間違いない。


●息抜きはしたいが、「さぼった」とは思われたくない。




今日の夕方、アクティビティ(放課後のクラブみたいなの)で
みんなでマレーシア料理を食べに出かけたが、
あるメキシカンがたまに英語で説明しきれないときに、隣にいるメキシカンに
「これ英語で何て説明したらいいかなぁ?」みたいなことを母国語で相談したりしていた。

あたしも同じように、日本の子にみんなとの会話の途中で
「×××って単語の意味がわかんないんだけど?」と日本語で言っても、
彼女はそれを英語で説明してくれた。


メキシカンたち(またはブラジリアンが多い)は、
学校じゃないし、必要だったからいいじゃん的な感じに見えるが、

日本人のときは、
「あ!日本語使ったー!いーけないんだーいけないんだぁー!」
と思うのだ。どうしても。


あたしも、別の相手がそうしたとき、
最初の一瞬そう思った。

次の瞬間に一緒にさぼるとしてもだ。



●自分がさぼるとしても、先にさぼっているひとを見ると「あの人わるいひとだ!」と思う。


考えの根本が勤勉だと思う。


しかしまとめると、
『息抜きしたいけどさぼったって思われたくないから、誰かに先にさぼってて欲しい』という、
国民性を土台にしたあたしの人間性。

でも断言はできないが大概の人がそうだろう。

それはマジメな教育の結果なのだ。


授業中にトイレに行っていいか聞くこと、それがもうマジメ文化な位置にある。

授業中、無言で出ていく生徒に初日はビックリした。

さらに授業中ヨーグルトを食べる先生にはもっとビックリした。


あたしも…もう少しでリンゴがかじれそうな所だ。

でもどこかでビクついている。悪いことしていると思う。

これが教育の結果…国民性、ということなのだろうかと、自分の中に改めて日本人を発見。




英語という言語に比べれば、あたしも日本人的・控えめな思考の持ち主だなぁと思う。

『よかったら、お茶しない?』という表現がないのだ。
『いこうぜ!』になる。

ち、ちがうんだ、そんな・・・


世界を通して見える日本と、
英語を通して見える自分。

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