12人と裁き

  21, 2011 07:21
にしすがも創造舎で稽古中。

「裁きの日」の稽古を終えると、「12人の怒れる男たち」が入ってくる。
裁きよりも12人の方が元からの知り合いは多い。
帰っていいのについ居残ってしまう。

12人の男たちが席に着くと、
なんとも言えないやわらかな圧迫感がある。

12人の男たちに写真を撮ると言うと
会議してる風に。
12angry_nishisugamo
北川竜二さんは顔こわいのに(偏見)一緒に会議風にしてくれてる・・・やさしいのね、、ぺーさん。
雨の中で捨て犬に傘をかけているところを見かけたりしたらどうしよう。
しかし容易に想像できるあたりが人間力というところなのかもしれない。
どうでもいいができれば昔ボクシングやっててほしい。

1ヶ月前の、稽古が始まったばかりの頃に
12人の稽古場にお邪魔したことがあったが、
その時は役者が全員揃っていなかった。
だからこそ手伝いに行ったというのもあるが。
こうして改めて12人を見ていると、少しさみしくなる。
全員揃って、「裁き」が「裁き」だけの時間をすごしたように、
「12人」も「12人」だけの時間を過ごしたのだ。
ごくごく当たり前のことだが。

ただ、芝居をやっていると、
自分の居る稽古場だけが世界のすべてのような感覚に陥る。
知らない団体の知らない芝居の稽古場なんてないような気がしてしまう。
別に悪い意味でもいい意味でもなく。
あたしだけかもしれないが。
しかし二本立ての芝居で演出は一人、そして二人の役者が両方を兼ねている。
常に気にして過ごしていた。
ライバル視ではない。
おもしろくあってほしい。
それはそうだ。
そしてやはりわたしたちは一緒でなければならない。
戯曲も演出論も違うけれども、違うものが交代でやるのではなく、
いや違うものなのだけれど、やはり一緒でなければならないのだと思った。

「裁き」が「12人」のために「12人」が「裁き」のためにあったり、
いやどう居るかなどはどうでもいいのだが、
なんか精神論でしかない気もするが、わたしたちは2つで一つの公演なのだ。
それをもっと知ろう。
片方しか見れないというお客様もたくさんいるだろうが、
でもそうなのだ。それをもっと想おう。

あたしは「裁き」チームだが
もちろん「裁き」が「裁き」のためにやらねばならないことはまだまだたくさんある。
しかし「12人」のことを想うこともまだまだできるのだ。

25日からスタート。まもなくだ!


「裁きの日」「12人の怒れる男」詳細


Thanks for the encouragement.

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