海馬的場所に頼り過ぎ

  16, 2011 20:57
知り合いが、野口英世の話をした。

あたしも思わず、
猪苗代湖の野口英世記念館の話を…しようとして、やめた。

英世が火傷をした囲炉裏、
母が英世に送った手紙の展示、
あんなことやこんなこと、
あたしは見てきた気がしていた、が、
それが本当なのかどうか、、、、確信が持てなかったからだ。

それは一体どういうことなのか。

行った気がしているが、夢だったかもしれないと思ったのだ。
いや実際に夢を見たということじゃなくて、
妄想というか、
いや、それが本当に妄想なのか、
今でもよくわからない状態が続いている。

「行った」と「行っていない」が交互にきた。

1
「野口英世」と聞いてまずはじめに直感的に「行った!」と思う。

2
くろいぬパレードで岩淵が野口英世に似てるという話題になったときに、
(参照:「くらっとくらいぬパレード」)
ネットで記念館を調べたことを思い出し、
「もしかして調べただけで、行っていなかったのではないか?」と思う。

3
しかしどうも行った気がする。
そうだ、行っていればブログに書いているはずだ、と自分のブログを検索。
検索した結果、そんな記事はなかった。
ここで「そうか、やはり行ってないのだ。バカだなぁ、妄想か。」と思う。
ここが最大の問題。

4
行っていないという結論に達したものの、
どれだけ細かく記念館のサイトを見たんだろうと
もう一度記念館のサイトを見てみる。
う~ん、なんか・・・・記憶と違う。

英世が柱に刻んだ決意の言葉がサイトに掲載されている。
「志を得ざれば再びこの地を踏まず」

ハッ
ピカーン!

「行った!!!!!」


記憶が呼び覚まされた。
「志を得ざれば再びこの地を踏まず」
この言葉。
柱を写真に撮って、携帯で待ち受けにしてたくらいだ。
行った。行ってる。見た。・・・たぶん。

ここまできてもまだほんのり曖昧な記憶。
しかしまず確実に行っているっぽい。
それなのに、
ブログで検索して自分が書いた記事が出てこなかっただけで、
行っていないと危うく結論づけるところだったのだ。
確かにココは海馬的な場所として
留めたい記憶を残すためにある。
しかし記事がないからと言って、なかったことにしようとしていた。
ただ行ったのがブログを立ち上げる前だっただけだ。

海馬的場所に頼りすぎて、
自分の海馬を信用できなくなっている。
いや、そもそも信用ならないからこそここを作ったのだが・・・。


さてそれでは、である。

これからどうするか。

う~ん。


困っている。

セリフを覚えている場合じゃないかもしれない。
いやいやいや。アイデンティティーに関わる。どっちも。
そういえば短期間の記憶(セリフ)と長期間の記憶(猪苗代)は場所が違うと聞いた気がする。
確かに、終わった芝居のセリフはすぐ忘れてしまうし。
ちょっと・・・今後の自分のためにも、脳のことを調べてきます。


Thanks for the encouragement.

2 Comments

くろたんご(・・・・143です)  

野口英世

新宿の大京町交番の向かい側にも野口英世記念館、ありますよ!!

2011/05/17 (Tue) 12:03 | REPLY |   

かものはし(蒻)  

⇒くろたんご

わぁおージョギングで行ける~
あたしが行ったのはここだったのだろうか・・・まさかw

2011/05/21 (Sat) 07:29 | EDIT | REPLY |   

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